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随想5 カモ狙いの情報商材の文体

自分が興味を持たなくなったからといってコンテンツの勢いが失われるわけではない。インディーズのとき好きだったバンドがメジャーになるとき「何か違う」といって離れたとして、離れた相手が自分の興味と連動して存在感をなくすわけではない。

 

6年くらい禁煙をしていたのが、某監督との仕事のストレスがあまりにもきつすぎて何年か前に再開し、それからは反動的にたくさんの量を吸い、紙はよくないと思って電子煙草に意向したところ、これはこれでひどい量を吸うようになり、体にも悪いはお金もかかるわで、よくないなと思っていた。やめようと思ってもやめることを阻害するストレスがかかってすぐ言い訳というか逃げ道になってしまうのだが、たまたま12/21水は一日中吸うことをしなかったので、これをきっかけに吸うのを止めようと思う。前に止めたときも同じシチュエーションであって、たまたま吸わない日があったから、今日もやめておこう、それだけのことだった。強い理由があったとしても、その理由がなくなったらまた始めるだけなのだ。やめる理由は、批判ができないほど些細なものがよい。時間もお金も節約することができる。

 

作った本が人の手に渡り喜んでもらえるというのは嬉しいことだが、自分ができることが少ないというのは歯がゆい。しなければならないことが多すぎるが、重すぎる腰を上げて半分くらいそのタスクを溶かす。仕事としての解決度は1/3程度だが、やるとやらないとでは0か1かの差がある。すいませんと心の中で謝るも、療養中なので馬力が出ないが、馬力が出なくてもせねばならぬ。人に頼んだカバーデザインの監修をして、次は原稿の整理をして、と仕事の手が休まることはない。休むことをしなければクリエイティブはない、という気もする。

 

『オレなら、3秒で売るね!』というマーケを扱った本がネットで紹介されていて、絶版高騰していたが、版元のフォレスト出版直販で新装版が出ていたので購入した。最初の何十ページか読んだが、だいぶ勉強になった。もう少し読んだらまた言及すると思うが、それよりも問題はこの版元が購入以降ばんばん追加の情報商材の営業メールを毎日のように送ってくるということだ。最悪すぎるので結局迷惑メール送りにしたのだが、これに効果があるからやっているはずのことだ。学ぶ意味も込めて少し読んでみるかと思ったが、あまりにもカモ狙いの文体に辟易し、こんなものを5秒以上見ていたら頭がおかしくなってしまうと思って速攻で廃棄、迷惑メール送りにしたのだ。情報商材の文体は本当に怪しいのだが、この怪しさにこんなに効果があるのかと思うとびっくりする。つまりは、誰にも何とも思われないものではなく、半分以上には嫌われたり嫌がられたりする表現だからこそ、選ばれるときに猛烈な効果を発揮する、ということだろう。

 

早くまた本の写真を取り、本の紹介をしたいものだ。